【ニューオリンズ観光】独特な雰囲気で美しいニューオリンズの街並み

ニューオリンズ2017


年末年始に家族で行ったニューオリンズ旅行のことを、何回かに分けて書いている。
ニューイヤー・イブのニューオリンズの様子を綴った初回に続き、2回目の今回はニューオリンズの町の印象を書いてみたい。
ジャズ、ミシシッピ川、ワニを見に行った湿地帯については、別の機会に個別に記事にする予定。

治安が悪そうな感じがしたカナル・ストリート(Canal St.)沿いの地域

ニューオリンズに到着した晩、晩御飯を食べるレストランを求めて家族で歩いたときの第一印象は、すこし怖い感じ、ということであった。
(一応ニューオリンズの名誉のために言っておくと、これは私の個人的な印象に過ぎない。アメリカの地方都市には広範囲にサビレてしまっている町も多い。その中で特段危険かどうかなど、私にはわからない。)

われわれが宿泊したホテルは、観光の盛んな歴史地区であるフレンチ・クオーターのはずれのカナル・ストリート(Canal St.)沿い。
カナル・ストリートは立派なホテルが軒を連ねる広い通りであり、ホリデーシーズンの電飾が美しい中を市電が走るにぎやかな通りである。
観光客の往来も多い。


それなのに怖い印象を受けたのは、用もなく通りにたむろしている人が多くいたためだ。
そのうえ、いくら温暖な気候とはいっても、舗道の隅で寝ているホームレスの人たちが多くいた。
実際、この通り沿いにホテル街から1-2ブロックも離れたら、通行人が全然いない実に殺伐とした界隈であった。私は慌てて引き返した。

町に漂う悪臭の原因はわからずじまい

ついでに言うと、ニューオリンズは町中のあちらこちらで、悪臭がするのには驚いた。
嘔吐物か生ごみか、とにかくそうしたものの強烈な腐敗臭が街角でいきなり鼻をつく。
6歳の息子も、ニューオリンズについてもっとも印象的だったことのひとつに、「臭かった」と言っている。
アメリカの他の諸都市と違って、屋外での飲酒を取り締まる法律がないらしいのだが、そのためなのか。ハワイやフロリダではこんな匂いはしなかったから、街角のゴミ箱の中身が腐るためではあるまい。

とにかく、ニューオリンズの町はすこし治安が悪そうな雰囲気を醸し出していたのである。
日本を出かける前にガイドブックを購入するのをドワスレして出かけたためによい案内書が手元になかったこともあって、私たち家族が今回の滞在中の散策した地域は、観光客が集まる歴史地区であるフレンチ・クォーターに限られた。

賑やかなバーボン・ストリート―Bourbon Street

ニューオリンズでは、バーボン・ストリートが名高い。

ジャズが発祥したのは20世紀初頭のニューオリンズの赤線地帯「ストーリーヴィル」だったとのことだ。
GOOGLEマップでストーリーヴィルを調べると、バーボン・ストリートのハードロック・カフェあたりを指した。

実際のバーボン・ストリートは、ストリップクラブが何軒か軒を連ねる、どぎついネオンがギラギラした繁華街であった。
といっても、ふつうのレストランに混ざってそうした店があるだけなので、あまりいかがわしい感じはしなかった。

ジャズ発祥のストーリーヴィルの中心ベイズン・ストリートはかなり治安が悪そうだった

もっとも、ストーリーヴィルの一番の目抜き通りは、ジャズの名曲「ベイズン・ストリート・ブルーズ」のタイトルにある通り、3~4筋はなれたベイズン・ストリートだったとのことである。
こちらは現在は寂れている様子で、真っ暗でかなり怖そう、実際犯罪率も高いとのことが現地で購入したガイドブックには書いてあった。

市電(ストリート・カー)、馬車、自転車タクシーの走る町

日本でも海外でも、市電が走る町というのは実に風情がある。
しかもニューオリンズは、テネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」(“A Streetcar Named Desire”)の舞台の町だ。


残念ながら、この市電はフレンチ・クオーターの中心部には乗り入れておらず、われわれはミシシッピ川の観光の時に乗ったくらい。
6歳の息子は大変喜んでいた。

そのほかに観光客向けなのだろう、馬車が多く走っているほか、東南アジアでポピュラーだと聞くのと同じような自転車タクシーがたくさんいた。



フランス領時代の面影が残る町並み

ニューオリンズの属するルイジアナ州は1803年にフランスから買収してアメリカ合衆国の一部になったそうである。
他の南部諸州と同じく黒人奴隷の労働力によるプランテーション経営で成り立っていた植民地なのだろうが、もともとフランス領であったことで文化がだいぶ違うとのことである。
その違いは私にはあまりわからないが、料理に関してはニューオリンズのいわゆる「クリオール料理」は、たしかに他の諸州の料理とは違うのだと納得する。

そんなフランス領時代を思わせる、通りの命名の由来に関するプレートや、ジャンヌ・ダルクの銅像が散策中に突然あらわれたりする。

美しく独特な家屋、建物

ニューオリンズがフランス領だったためなのか、あるいは南部諸州で共通なことなのかは私にはわからないのだが、金属製の柵で囲ったベランダのある建物が特徴的である。
壁の色が洒脱な建物も多く、テーマパークにいるような錯覚を覚える。

裁判所、警察署

裁判所の建物は、とくに特徴があるわけでもないが、他のどんな都市とも同じく立派だ。

一方、警察署の建物は、やはり南部の建物なのだろうか、看板も含めて実に独特に感じた。

フレンチクォーターの中心、ジャクソン・スクエアとセントルイス大聖堂

フレンチ・クオーターの中心にはジャクソン・スクエアという美しい広場があり、それに面してセントルイス大聖堂という立派な教会がある。
町の中心に向かって散策するうちに、角を曲がったとたんに突然、通りの向こうに尖塔が姿を現す。


まとめ

到着したとたんに、すこし怖い雰囲気にびっくり、ごく限られた歴史地区を散策したに過ぎない今回のニューオリンズ滞在ではあったが、美しい街並みを堪能した旅行であった。
次回からは、個別なテーマで旅行のことを続けて書きたい。

(しかし、あの悪臭はいったいなんだったのだろう。知っている人、いらしたら教えてください。)

更新履歴

  • 2021年2月21日 本サイトに移転。節見出しを付けた。
  • 2017年1月13日 Gooブログ「(旅行記。プエルトリコ、ニューオリンズとラスベガス。ひねもすのたり)」にて公開。

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