【アブダビ旅行】美しいアラビアの水回り。和式トイレは、外国人には使いづらいのか⁉

アブダビ2017

外国人観光客のために施設を国際化すべきとの議論について

オリンピックの東京招致の後しばらく、外国人客のためにいろいろな施設を国際化するべきという話をよく聞いた。
あらゆる案内を多言語表記にすべきである、イスラム教徒が困らないようにハラール・レストランを増やさなくてはいけない、などだ。

外国人を過度に優遇してはいないだろうか⁉

我々日本人が海外を訪れたときにしてもらっている程度とは比較にならないくらい過度に、外国人たちの都合をおもんぱかるべきという風潮を煽るのはいったいだれなのだろう。
観光客にかぎらず、日本は外国人を優遇しすぎると感じることは多い。
外国人の都合をそんなに気にする余裕があるのなら、我々日本国民にとって有益なことにもっと財源を使って欲しい。

本当に外国人の便宜のためなのか、それとも儲けたい人がいるのか⁉

同時に、外国人観光客の便宜の向上という文脈で議論されがちな議題に、最重要な事項がわざわざ避けられているように思うのも私だけなのだろうか。
ハラール・レストランを議論するよりは、町角や駅へのゴミ箱の設置、日本だけ独自に発達してしまった喫煙マナーをわかりやすく変えること―屋外での喫煙が禁止されているのは日本以外では見たことがない。外国人にはよほどわかりにくい規則だろうと思う―のほうが、はるかに喫緊の課題のように思う。

SUICAかPASMOかわからないが、プリペイドカード1枚でなんでもできるようにすべき、などという話も聞く。
そんなことよりまずは、クレジットカードでバス、電車、タクシーを含め何でも支払えるようにするのが当たり前にあるべき第一歩だと思った。
もっとも、クレジットカードはここ数年でだいぶ便利になったから、もうしばらくしたら短期滞在の外国人にとってPASMOやSUICAの利用価値がなくなるだけなのかもしれない。

とにかく、わざわざ論点をズラすのは、それによって儲かる人がいるからなのだろう。
しかし、そんな人たちのせいで国民の生活はずいぶん不便になっているんだろね。

外国人が和式トイレの使用法がわからないという議論は、本当か⁉

そんな議論の中で、和式トイレの使い方が外国人にはわからないだろう、という意見を聞いたことがある。
だから、観光地のトイレは全部、洋式に交換すべきいう主張だ。

アラビアにも和式に近いトイレはある

前回の記事 に書いたシェイク・ザイード・グランド・モスクを観光していたときのこと。

モスクのトイレで見たのである、和式トイレとほぼ変わらない代物を:

和式に近いトイレは、ヨーロッパでも見かける

同じようなトイレは、イタリアを旅行中にも見たことがある。
そう思ってみると、和式トイレは本当に外国人に使用方法がわからないのだろうか。

たしかにアメリカでは見たことがないのだが、結構、多くの国籍の人たちが同様なトイレを使用していたりしないだろうか。

マスコミなどは、論点をすり替えずに、まじめに議論してほしい

外国人が和式トイレの使い方がわからないという主張は、そういう意味では外国人を馬鹿にしすぎではないかと思う。

本当の議論はたぶんそうではなく、和式が不便で時代遅れになってきているから、よい便利な様式に置き換えてほしいという主張にすぎないのではないのか。

ウソも方便とは言うが、自分の主張を通したいときに、進んでウソを言って強く主張するというのは、ずるいやり方だと思う。
すくなくとも、天下の公器であるはずのマスコミでは、そうした議論の誘導はぜひとも控えてほしいと思う。

アラビア人の美意識に感動する水回り

アラビア文化では、幾何学模様を多用したデザインや、対称性を重んじた建物など、美しいものが多い。
そうした美しさは、トイレの廻りでも見受けられた。

対称性の高い洗面台の美しさ

同じモスクのトイレであるが、洗面台がなんとも綺麗で、つい写真を撮ってあった。

足の洗い場も、美しい空間に造形されている

アラブで不思議に思ったのは、トイレの隣に足を洗う洗い場があることが多いことだ。
そして、アラブ人たちが実際に、足を洗っている姿を何度も見た。
イスラムには、足を清潔に保たなければいけない戒律などがあるのだろうか。

モスクでは、足の洗い場もハッとするくらい美しい空間に作られていた。

更新履歴

  • 2021年3月5日 本サイトに移転。節見出しを付け、文章も多少書き換えた。
  • 2017年12月16日 Gooブログ「(旅行記。プエルトリコ、ニューオリンズとラスベガス。ひねもすのたり)」にて公開。

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