【プエルトリコ観光】サンフアン旧市街の美しい街並み、サンフアン大聖堂とラ・フォルタレサ―カリブ海のバカンス。

プエルトリコ2017


今年のお盆休みは、家族でカリブ海へ行った。
西インド諸島の中にあるプエルトリコの首都、サン・フアンが滞在地であったこの旅行のことを、何回かに分けて旅行記に書いている。
サン・フェリペ・デル・モロ要塞トロリーバスでのアクシデントに引き続き、今回は散策した街並みや大聖堂のことを書く。

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サンフアン旧市街の中心コロン広場の周辺

サン・フェリペ・デル・モロ要塞とサン・クリストバル砦は、チケットが共通

突然タイヤがバーストしてパンクしてしまったトロリーバスは、サン・クリストバル砦の前で止まり、乗客はみなそこで降ろされた。

ホテルから送ってくれたuber(白タク)の運転手のお薦めは、デル・モロ要塞とクリストバル砦を両方見ることだった。
デル・モロ要塞とクリストバル砦は両方とも世界遺産として整備された観光施設で、大人一人が10ドルで入館できる。
一方で払ったレシートを大切になくさないでいれば、そのレシートで他方も入館できるということであった。

インターネットが使える便利さ、コロン広場のスターバックス

けれども私たちはむしろ、街並みを楽しみ、古い教会や総督府の前を歩いてみたかった。

クリストバル砦の向かいは、コロン広場である。
サン・フアン旧市街の中心的な場所で、インターネットを使いたかったらコロン広場に面してスターバックスがあるよ、というのが運転手が教えてれた情報。

午前中の熱暑のなかの要塞見学のあとの私たちには、ミネラルウォーター一本ずつと1時間ほどのトロリーバス・ライドの納涼のあとでも、クーラーの効いたスターバックス店内でのドリンクは生き返る心地だった。

コロンバスを記念したコロン広場

「コロン」とはコロンバスのことらしい。コロン広場には凛々しいコロンバスの像が立っている。


帰国してから調べたところでは、コロンバスは新大陸を「発見」したあとドミニカに入植したとのことだ。
ただ、当時の白人の例にもれず、インディアンを虐殺し、奴隷にしたらしい。

コロンバス像の足元のレリーフは、インディアン奴隷をスペイン女王に献上したときのことを表しているのだろうか。

美しいサンフアン旧市街の町並みを散策

観光トロリーは無料なのはうれしいが、なかなか来ない...

この後、私たちはラ・フォルタレサと呼ばれる総督府や、サン・フアン大聖堂を目指す。

旧市街を巡るトロリー・バスの停留所はすぐに見つかったが、いつ来るかがわからない上に本数も少ない様子だった。
大聖堂のあたりまではほんの5ブロックほどだったが、結局歩いてしまったほうが早かった。

色とりどりの建物が並ぶさまが美しいサンフアンの旧市街

道中、細い道路沿いに色とりどりの美しい建物が並び、気持ちの良い散歩だった。

サンフアン旧市街は道路が狭く混みがちである

実は旧市街観光へ出かけるときに、ホテルのフロントでレンタカーを借りるのがよいかどうか、相談したのだった。
旧市街の道路は狭くて運転しにくいうえに混みがちで、駐車場を確保するのも大変だとのことだった。

かといって路線バスも時刻表があてにならないような運行の仕方だというのでuberで出かけたのであったが、どうやらそれは正しい選択だったようだ。
というのも、旧市街の道路は狭く運転しにくそうだったし、後ろが団子になっている中で滅多にない駐車スポットを探して縦列駐車するのは大変そうだった。

西半球で2番目に古い教会、サンフアン大聖堂

アジア人が珍しいプエルトリコ

教会の近くで地図を見ながら歩いていたら、アジア人が珍しいのだろう。
警官が私たちをジロジロ見る。
ホテルから旧市街まで載せてもらったUber運転手も、珍しいアジア人客に驚いていた様子だったし、実際今回のプエルトリコ旅行では、ほとんどアジア系の人を見かけなかった。

教会への往き方を尋ねたら、大喜びで教えてくれた。
そして、「サンフアン大聖堂は西半球で2番目に古い教会なんだ。一番はドミニカの教会だ。」と得意そうに教えてくれた。

荘厳ながら南国らしい開放感があり色彩豊かな大聖堂


大聖堂は建立以来500周年だそうである。建物自体はハリケーンで壊れたりした過去があり、何度も建て替えているらしい。

同じカソリックの教会でも、暗い中にカラフルなステンドグラスの光が神々しい雰囲気を演出するヨーロッパの教会とは違い、南国の教会は明るく開放的である。



マリア像も、色彩豊かで生き生きとしている。

そして、入り口の扉を開放している教会は、私は初めてであった。

ヨーロッパの大聖堂とは雰囲気が全然違う

何年か前に、テキサス州エル・パソの、ミッション・トレールをドライブしたときに、南国調の小さな教会を見た。
そちらは伝道所と呼ばれ、はるかに質素で小さな教会だったのだが、同じように明るく、やはり生き生きしたマリア像だった。

ただ、今回の大聖堂は建物が大きくどっしりしている分、荘厳に感じた。

同じスペイン人やポルトガル人でも、本国ではやはり暗く、威圧的な教会を残しているようである。
それが植民地ではずいぶん趣向が違うこと、大変興味深く思った。

大聖堂にいつも興味津々な子供

6歳の息子は、いままでも観光名所の教会の中を見学する機会があったが、いつもレリーフに表されているキリストの物語に興味深々である。

今回も、妻が描かれたテーマを説明するのに無心になって聞き入っていた。

サンフアン大聖堂に安置されているミイラ

そして、今回の教会には聖人のミイラが安置してあったようである。
ミイラといってもきれいに洋服も着せられ、大切に保存されてきた様子で顔の肌などとても保存状態がよい。

とはいっても、やはりミイラである。帰って来てからウェブでじっくり写真を見ると、やはりずいぶん気味が悪い。
サンフアン大聖堂に安置されているミイラはピウスという聖人。
興味があったら、”st pius san juan”と検索すれば画像も見ることができる。

ピウスは1世紀に生きた聖人だそうで、聖人のミイラがキリスト教でも大切にされるということを今回初めて知った。

プエルトリコ総督府ラ・フォルタレサ

世界遺産に登録されている西半球最古の行政府の建物ラ・フォルタレサ

教会からほんの2-3ブロック歩くと、総督府ラ・フォルタレサが通りの奥に現れる。

新世界における最古の行政府の建物、ということで、世界遺産の登録も「ラ・フォルタレサとサン・フアンの旧市街」というタイトルである。

もともと要塞の機能も持って16世紀に建造されたらしいが、のちにプエルトリコ総督府、現在は知事官邸として使用されているとのことである。

ラ・フォルタレサの一ブロック手前には警官隊が通りを見張っていた。

やはり私たち家族には親切に接してくれて、あの建物が総督府で現在の知事の執務室もあること、ちゃんと予約すれば中をツアーすることもできることを教えてくれた。

独立国でもなくアメリカの州でもないプエルトリコは、アメリカの属領である

ところで、アメリカ合衆国は民主主義の国である。
最近はそうでもなくなったが、ほんの10年くらい前までは、世界に正しい民主主義を広げるのだ、と息巻いていたものである。

プエルトリコはアメリカの属領で、自治は認められているようだが、連邦政府の選挙における選挙権はない。
そういえばグアムも同様でなかったか。

このことを思ったら、アメリカの民主主義もずいぶんいい加減だな、と思った。
逆に、プエルトリコ人たちは、選挙権を持たないことに不満をもっているものなのだろうか。

アロマス広場―美しい広場が突然広がる旧市街の散策

サン・フアンの旧市街でもうひとつ魅力的に感じたのは、コロン広場もそうだが、歩いていると素敵な広場が現れることである。

旧市街の素晴らしい観光・散策を存分楽しんだ後、アルマス広場という美しい広場の前のホテルの喫茶室でuberを呼び(旧市街内は、バーガーキングやウェンディーズもあり、思いのほかWi-Fiが使える飲食店があった様子だった)、ホテルに着いた時には家族3人とも心地よい疲れでクタクタであった。

更新履歴

  • 2021年2月23日 本サイトに移転。節見出しを付けた。
  • 2017年9月6日 Gooブログ「(旅行記。プエルトリコ、ニューオリンズとラスベガス。ひねもすのたり)」にて公開。

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