ドキュメンタリー映像作品は、劇映画やドラマ・シリーズと比べて地味で「お勉強感」が強いので敬遠される方も多いのでないでしょうか。
でも、創作を入れず劇仕立てにしないからこそ、現実を誠実に扱うことができるのがドキュメンタリー作品です。知識・教養を得る手段としては、劇作品と比べてはるかに勝ります。
本記事では、ネットフリックスで見れるドキュメンタリー作品のうちで、金融業界や社会をよりよく理解するためにおすすめな作品を5本紹介します。
ドキュメンタリー作品のおもしろさ
ドキュメンタリー作品を紹介する前に、劇映画やドラマ・シリーズと比べてドキュメンタリーの長所・短所を考えます。
劇作品のおもしろさと欠点
映画もテレビドラマも、ヒット作の多くは劇作品です。
「実際に起こった事件にインスパイアされた」とか、「実在のモデルを基に」という注意書きが、本編が始まる前に表示される劇映画もあります。
こうした歴史的事件に取材した映画であっても、起こった事象をわかりやすく見せるために単純化したり、演じる俳優に合わせて人物像を作り替えてしまったりすることは多くあります。本当は、手がかりが散逸しまっていて解き明かしようがなくなった事件の経緯に対し、特定の仮説が確定的真実であるかのように作ってしまう劇も多く見受けられます。
事件を単純化して構築し直すことで、多くの観客にわかりやすく娯楽性に富んだ作品に出来上がるわけです。こうした劇作品は、楽しみながら新しい知識を得るのにうってつけです。
しかし、複雑で理解するのに労力がかかる事象を、本当の姿を損なうことなく扱うことが難しいこと、そして製作の過程で事件も人物像もどうしても歪んで出来上がってしまうことは理解しながら劇映画を見る必要があります。
ドキュメンタリーは、ひとつのストーリーに落とし込む必要がないという長所がある
劇作品と比べると、ドキュメンタリーは複雑な事実を誠実に扱うことが可能です。
ひとつの事件について複数の有力な説が乱立している場合、劇作品では一つの仮説を選択し、それに合わせて筋の通ったストーリーを組み立てるのが普通です。一方、ドキュメンタリーでは諸説あることを説明し、複数の互いに相いれない説を、個別に説明してみせることもできます。
ドキュメンタリーはどうしても、説明的で娯楽性に乏しくなりがちです。一方で事件についてより多角的で深い知識を伝達できる映像の形態であると言えます。
ドキュメンタリーでも、製作者の作為には注意が必要
劇用に作った造り物の映像でなく、現実の映像をそのまま見ることができることも、ドキュメンタリー作品の大きな魅力です。
ただし、ドキュメンタリーも人が作った作品です。「現実をこういう風に見たい」という作者の信条によって、現実が歪んで解説されることがあるのは、劇作品と同様です。現実を収めた映像を見たからと言って、映画で主張されている意見を盲目的に信じ込むことは避けたいところです。
作品のおすすめ度、わかりやすさ、娯楽性について
本記事では、紹介する作品について、「おすすめ度」、「わかりやすさ」、「娯楽性」を5段階で評価しました。
基準は、私の独断と偏見です。
「おすすめ度」は、どれくらい深い知識が得られるか、または新しい発見があるかを評価しました。「わかりやすさ」、「娯楽性」は、文字通りです。
おすすめドキュメンタリー作品の紹介
被害総額8兆円!人類史上最大の詐欺事件を解明する「バーナード・マドフ ウォール街の詐欺師」
おすすめ度★★★★
わかりやすさ★★★
娯楽性★★
2023年のネットフリックスのオリジナル・ドキュメンタリー・シリーズ。全4エピソード。
あらすじ
ウォール街を舞台に起こったバーナード・マドフによる人類史上最大の詐欺事件を、マドフの従業員たちや捜査員たちの証言をもとに明らかにするドキュメンタリー。
逮捕された時には、マドフは約5,000人の顧客から650億ドル(現在の為替レート、1ドル=128円で換算すると8.3兆円)をだまし取っていた。50年近くもの年月に渡って顧客を増やし被害額を膨らまし続けながらも、露見しなかった犯行の手口に迫る。
おすすめポイント
マドフは犯罪が明るみに出るまでは、ナスダック証券取引所の会長を歴任した人物でした。ウォール街の重鎮が巨額の詐欺犯罪を働いていたというのは、非常にショッキングです。さぞかし社会的不安を与えた事件だったろうと思います。
実際、投資の本を読んでいると、気を付けないといけない事項の例としてマドフの事件はよくお目にかかります。マドフの名前だけ知っていて事件の経緯を知らなかった私には、このドキュメンタリー・シリーズはとても勉強になりました。
マドフの犯行の手口は、単なるポンジ・スキームでした。ポンジ・スキームというのは、「確実に儲かる投資」を提案して顧客に出資させるが、実は運用などしない詐欺手法です。
新しい顧客からの出資金で古くからの顧客に配当を払い、儲かっている錯覚をさせる。
それを繰り返すだけの単純な手法です。普通は新顧客を獲得できなくなった頃合いに、集めた金を持って逃走してしまうものです。
そんな単純な手法で、金融のプロを含む被害者たちから何十年にもわたって8兆円もの資金をだまし取っていたという事実には、私たち自身が騙されないためにも、学ぶところが多くあります。
4回シリーズの中ではすこし冗長に感じられる箇所もありますが、マドフの業態、どのように当局の目をかわし続けたのか、そして巨大なポンジ・スキームを維持し続けた資金調達の方法、被害者がどのように騙されたのかを詳しく解き明かす良質なドキュメンタリーに仕上がっています。
航空業界の巨人ボーイングの暗部を描く「地に落ちた信頼 ボーイング737MAX墜落事故」
おすすめ度★★★★★
わかりやすさ★★★★
娯楽性★★
2022年のネットフリックスのオリジナル・ドキュメンタリー映画。
あらすじ
2018年10月にライオン・エア610便が墜落したのに続き、2019年3月にエチオピア航空302便が墜落した。同じボーイング737MAXが半年の間に2機墜落し、合わせて346名の人命が犠牲になった。
航空専門家のインタビューを交えながら、2つの事故の原因を解説する。同時に、ライオン・エアの事故後にボーイングが正しい対応をしていればエチオピア航空の事故は防げたはずであることが説明される。
安全でよい製品を作るために従業員が団結していたボーイングの社風が、行き過ぎた株主資本主義の中で金儲け主義に圧倒されてきてしまった経緯が、当時の従業員たちの証言で明らかになる。
おすすめポイント
航空業界は、事故の再発防止を徹底する文化で有名です。事故の原因を正しく解明するために、関係者から正直な証言を引き出すことを優先し、過失を犯した場合でも個人の罪を問わないとも言われます。そのような業界文化が、航空機の安全性を飛躍的に向上させ、航空機事故の激減につながった歴史があるのです。
そんな航空業界に半世紀以上、君臨してきたボーイングが、利益を優先するあまりに
隠蔽まがいのことをしていたというこの映画の主張は、大変ショッキングです。
論理の展開がわかりやすく、説得力があるドキュメンタリー作品です。
前代未聞の大失敗に終わったイベントの舞台裏を暴く「FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー」
おすすめ度★★★
わかりやすさ★★★★★
娯楽性★★★★
2019年のネットフリックスのオリジナル・ドキュメンタリー映画。
あらすじ
2017年4月、カリブ海の孤島で行われるはずだったFYREミュージックフェスティバル。
トップモデルやインフルエンサーたちによる宣伝は大成功し、事前の評判はエスカレートしていた。
しかし、高額チケットを手に期待に胸を弾ませ現地入りした観客たちが見たものは、主催者の不作為により準備が進んでいない会場だった。音楽フェスティバルどころか、粗末な食事、急いで用意したテントの中の雨に濡れたマットレス、医療班の不在、そして人数分の寝床すら用意されていない惨状であった。
実際のイベント時の映像と、関係者のインタビューを交えながら、失敗に終わった舞台裏
が明らかにされる。
おすすめポイント
カリスマ的起業家として、イベントを企画しマーケティングを成功させた主催者が、準備が完了する見通しもないなかでイベントを中止する決断を下さず、米国本土からの観客に渡航させ大混乱を引き起こしてしまった前代未聞の事件の顛末は、大変興味深く見ることができます。
環境過激派の現在を垣間見る「SEASPIRACY 偽りのサステイナブル漁業」
おすすめ度★
わかりやすさ★★★★★
娯楽性★★★
2021年のネットフリックスのオリジナル・ドキュメンタリー映画。
あらすじ
漁業にまつわる問題を、種の保存、海洋環境の保護、社会・人権問題、健康といった広い観点から提議するドキュメンタリー映画。
扱われる内容は、混獲によるサメの絶滅危惧、混獲を抑制するためのサステナブル漁業認証が実効性を持たず利権化してしまっている問題、廃棄された漁具による海洋汚染と魚類の生息環境の悪化、トロール漁による海底植物へのダメージが生態系を破壊していること、天然漁以上に資源効率が悪く環境を破壊する養殖産業、途上国における奴隷労働を使った漁業、そして魚類は水銀など有害物質を含有するため食用に向かないという主張。
商業漁業を放棄し魚を食べず、植物由来の模造海産物で代替するべきという結論。
おすすめポイント
いろいろな人々のインタビューや現場の映像を交えながらのわかりやすい解説で、見やすい映像になっています。そして、多くのサメの種が絶滅危惧種になっているなどの新しい知識は大きな収穫でした。が、映画の主張する内容を素直に信じ込むのは大変危ないと思います。
映画の主張を裏付けるインタビューで語る人物の多くはシー・シェパードの環境活動家です。シー・シェパードはもともと反捕鯨団体で、日本の調査捕鯨に銃撃を含む危険な妨害行動を続けたことはご存じの方も多いのでないでしょうか。
それ以外の人たちも作家や活動家がほとんど。10名以上の出演者のうちで大学や研究機関の肩書が付いた発言者はマイアミ大学教授1人のみというのも、ドキュメンタリー作品としては珍しいのでないでしょうか。
一見、科学的な知識をベースにしたドキュメンタリーに見えますが、本当にそうかは検証する必要がありそうです。
シー・シェパードについて、「悪をただすボランティア組織。彼らは多くの違法漁船と戦ってきたが、人への危害はゼロだ」というナレーションが入ったのには笑ってしまいました。シー・シェパード創始者のポール・ワトソンも海洋環境に関する権威のようにインタビューに応じていましたが、現在も国際指名手配中である事実は完全に伏せられていました。
いまでもネットフリックスのような大企業が環境過激派に出資し、彼らの主張が声高に表明され続ける現状に、国際社会の暗部が垣間見えます。
これを書いている2023年1月20日のニュースには「NTT東日本 『昆虫食』事業に参入」というヘッドラインが踊っています。私たちの知らないところで、さまざまな議論が進んでいるのは間違いありません。歪んだ議論がなされているかどうか、私たち一人一人も理解する努力が必要なのではないでしょうか。
教養・知識を高めるつもりで見ているドキュメンタリー作品の見方について、大変考えさせてくれました。映像作者の意図とは違う意味でかもしれませんが、学ぶところがあった映画です。
世界の”現実”旅行
おすすめ度★★★★★
わかりやすさ★★★★★
娯楽性★★★★★
2018年のネットフリックスのオリジナル・ドキュメンタリー・シリーズ。全8エピソード。
あらすじ
世界各地で凶悪犯罪が行われた場所、被災地、独裁者の国、狂信的なコミュニティー、珍しい宗教儀式などを訪れるドキュメンタリーシリーズ。
8回のエピソードはそれぞれ、ラテンアメリカ、日本、アメリカ、中央アジア、ヨーロッパ、東南アジア、アフリカ、再びアメリカで、ダーク・ツーリズムを敢行する。
各回、40分のエピソードで該当地域内の3か所をツアーする。
おすすめポイント
原題は「ダーク・ツーリスト」(”Dark Tourist”)。怖いもの見たさと好奇心で見ました。
実際、面白おかしく見ることができるように作られているし、犯罪現場や被災地を訪問するエピソードの中には、すこし悪趣味に思えるものもあります。けれども、「こんな世界や、こんな生活もあるのか!」と新しい発見、知識、感動が得られるエピソードが思いのほか多く、視野を広げてくれるとても良質な番組です。
エピソードの内容・みどころ
以下では、視聴後に強く印象に残ったエピソードをいくつかピックアップし、あらすじと感想を紹介します。
- シリーズ初回では、最悪の麻薬王パブロ・エスコバルが根城としたコロンビアのメデジンの町を訪れる。エスコバルがコロンビア政府と取引し、自分用に建てさせた快適な刑務所「ラ・カテドラル」を、エスコバルの殺し屋だったポパイに案内してもらう。最悪の犯罪者が地域住民にいまも救世主のように慕われ、罪を償ったとはいえ元殺し屋が観光地の人気者となっている姿は、私たちの道徳観が必ずしも世界共通に通用するものでないのかもしれないことを考えさせます。
- 日本では、福島第一原子力発電所の事故後の避難地域に入域するバスツアーに参加する。いままでも他の映像で見たことがあったが、地域住民が避難した後で廃墟となった家屋は、空虚で悲しい。このような観光ツアーがあるのを知らなかったが、ツアー映像を見ながらとても居心地が悪い気持がした。
- 炭鉱労働者の町があった長崎県端島に上陸する。「軍艦島」として有名な廃墟の島である。ツアーには端島の元住民が2人同行し、今はボロボロになった子供時代を過ごした部屋を50年ぶりに訪れる。二人が懐かしい故郷の土を踏んだときのうれしそうな表情が素晴らしかった。
- アメリカでは、ミルウォーキーの連続殺人犯ジェフリー・ダーマーのアパートや被害者と知り合ったバーをまわるツアーに参加する。ツアーの後にはダーマ―を担当した弁護士から、ダーマ―が犯行を告白した肉声のテープを聞く。2022年に大ヒットしたネットフリックスのドラマ「ダーマ―」を見たばかりだったので、とても興味深く見ました。
- テキサス州ダラスでは、ケネディ大統領が暗殺された現場を見せるツアー業者が複数あって繁盛している。2つのツアーに参加し、ツアー業者にインタビューするだけの内容だったけれど、もともと興味がある事件なのでとても印象に残りました。
- キプロス島は1974年にトルコ軍が侵攻して以来、南部のキプロス共和国と北部の北キプロス・トルコ共和国に分断されている。境界線上の町ファマグスタは北キプロス・トルコ共和国の占領下にあり、現在は入域が禁じられ廃墟化している。番組の案内人は、ファマグスタへの潜入を試みる。エピソードには、トルコ軍の侵攻時にファマグスタの家から避難した女性が出演した。普段から国境の軍事緩衝地帯越しに何kmかの距離で故郷ファマグスタの街並みを眺めている彼女も、北キプロス・トルコ共和国への入国に同行する。入域できないまでも、43年ぶりに故郷の町を目の前にした彼女の懐かしそうな表情がとても印象に残りました。
- インドネシアでは、トラジャ族を訪れる。棚田が果てしなく広がる美しい土地だ。トラジャ族はミイラ化した先祖の遺体を年に1度掘り起こし、埃を取り、身なりを整え清めるマネネの儀式を行う。私たちが見慣れないミイラを村人総出で清め偲ぶ姿が、奇異なものとしてでなく地域固有の自然な文化として見ることができた。
- ひと昔前までアパルトヘイト政策が行われていた南アフリカでは、いまもズイドランダーと呼ばれる隔離主義者がいる。白人だけでコミュニティを築き、いつか有色人種が白人を虐殺しに来ると信じている。番組スタッフは、有色人種の蜂起に備える彼らの避難訓練に同行する。21世紀の現在、しかも文明が発達した地域であっても、日本にいる私たちとはかけ離れた世界観を持つ人々が暮らしていることを思い知らされます。
- テネシー州にあるマッケイミー屋敷は、拷問を体験できるアトラクションだ。退役軍人のラス・マッケイミーは、16年間、顧客を拷問してきており、いまも2万人以上の体験希望者が順番待ちをしている。番組の案内人がマッケイミーの恐怖の拷問に挑戦する。
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