フランスには「シュバルの理想宮」というユニークな建物があります。
田舎の村に住むシュバルという名の郵便配達員が、たった一人で33年もの年月をかけて建てた建造物です。
いったい何が、建築について素人だったシュバルをこの途方もない創作建築に駆り立てたのだろう?
そんなことをと思いながら見学すると、人生の意味や人間の孤独について深く考えさせられ、心を揺さぶられます。
あまり有名でないけれど、ぜひおすすめしたいリヨン近郊の観光名所です。
2012年に訪れた体験をもとに、シュバルの理想宮の素晴らしさを紹介します。
シュバルの理想宮とは
我が家の観光訪問の体験談の前に、「シュバルの理想宮」とはどういう建造物なのか、データ的なことをごく簡単にまとめます。
郵便配達人が33年かけてたった一人で造った建造物
シュバルの理想宮は、フランスのリヨン近郊のオートリーヴという小さな村にある建造物です。
高さ10m、東西の幅が26mですから、大きな邸宅くらいの大きさの建築物です。
ヘルディナン・シュバル(1836―1924)という郵便配達人が、1879―1912年の33年間をかけて建設しました。
シュバルは建築についても芸術についても教育を受けていなかったとのことで、郵便局の勤務が終わった夕方~夜にかけてやお休みの日を使って建設を進めました。シュバルは近隣の住人たちから変人だ思われ、白い目で見られながら建設を続けました。
フランス政府により国の重要建造物に指定されている
シュバルの理想宮は、素人がつくった芸術建築です。
けれども、ピカソが絶賛したなど、フランスでは芸術作品として高く評価されてきています。
1969年には、ドゴール政権で文化大臣を務めていたアンドレ・マルローが、シュバルの理想宮を重要建造物として登録しました。
マルローは政治家として活躍しただけでなく、スペイン内紛や第2次大戦のレジスタンスに参戦し、作家としても有名だったフランスを代表する文化人の一人です。
アクセス
「シュバルの理想宮」は、フランス第2の都市リヨンから南に80㎞ほどのオートリーブ(Hauterives)という小さな村にあります。
リヨンから自動車で1時間ほどです。
理想宮まで歩いて2~3分のところに駐車場もあります。
私の手元には次の写真しか残っていませんが、グーグルマップのストリートビューを見ると、100台くらい停まれそうな広い無料駐車場です。
シュバルの理想宮―訪問したときの写真と感想
ここからは、シュバルの理想宮の写真を中心に、実際に訪れて感じた感想を紹介します。
本当は、あまり有名でもないし、見に行く価値があるのかと半信半疑で行ってみたのでした。
実際に見てみると、素人が一人きりで造ったにしては巨大な建造物で装飾細工も細かい。ものすごい情熱を持って長い年月をかけて制作したことは明らかです。
いったいどういう気持ちでシュバルは理想宮を制作し、どんな思いを抱いてこの地で一生を過ごしたのか、と考えながら見学し、強く心が打たれました。
理想宮の全景
入場料を支払い、小道を進んでいくと、さっそくシュバルの理想宮の全景が望めます。
さまざまなモチーフが混然と配置された建物です。
アジアの寺院を思わせる4本の太い柱が2階にそびえ、曲線を描く装飾が随所に配置されて、あちらこちらに動物の彫刻も見えます。
私はガウディのサクラダファミリア教会を連想したのですが、着工時期がちょうど同じころです。さまざまなアイデアの造形が配置されていることも似ていると思います。
反対側に回ると、表側の2階にあったのと同じ寺院ののような入り口のほかに、3体の巨人の像があります。
私たちが訪れたときには、ちょうど巨人たちはメンテナンスの最中でした。
巨人たちの左側の側面は、だいぶすっきりした感じです。
左の部分は、木が成長する様子を表現したのでしょうか。
3人の巨人は古代の英雄、賢人たち
シュバルの理想宮でも、とくに目立つのは3体の巨人たちです。
頭の上にそれぞれ、CESAR(カエサル、シーザー)、VERCINGETRIX(ウェルシンゲトリックス)、ARCHIMEDE(アルキメデス)と書いてあります。
ウェルシンゲトリックスは、古代ローマ軍がガリア(現在のフランスあたり)に侵攻したときにシーザー(カエサル)と戦ったガリア側の将軍です。
細かく丹念に作りこんだ装飾
全景の写真でも、建物全体に細かい装飾が施されているのは見て取れます。
ここでは、すこしズームインしながら、装飾の細部を見てみましょう。
生き物が多く登場するアールヌーヴォー調の装飾
次の写真は理想宮の2階の部分です。左半分に写っている東南アジアの寺院のような重厚な柱は、幾何学的な装飾が施されています。
その右側には、てっぺんに鳥と人間があしらわれています。
同じようなパーツが繰り返し整然と並んだ右下のほうも、パーツの一個一個に目が2つずつついていて、生き物の顔のようになっています。
この部分に限らず、理想宮には生き物の姿があちらこちらにちりばめられています。
装飾には曲線が多用されていて、ゴテゴテとすこしグロテスクな印象を与えます。19世紀末に流行したアールヌーヴォーの影響でしょうか。
ガウディと似た印象を受けたのも、そのせいが強いのだと思います。
別な部分の上部には、屋根の上に人型がたくさんかたどってある部分もありました。現代アートみたいで、とても印象的な風景です。
アダムとイヴの物語
次の画像は、鳥と人間の姿があった屋根の下の方の部分です。
アダムとイヴの顔が左右に配置され、その周りに蛇が這いまわっています。
真ん中の石板には、「イヴは欺瞞に満ちた蛇の言うことを聞く」(”Eve ecoute les serpents trompeurs”)と書いてあります。
シュヴァルのメッセージ
シュヴァルは、理想宮に、文章をいくつも残しています。
シュヴァルがどういう気持ちで理想宮を製作していたのか、また人生についてどう思っていたのか、ヒントになるかもしれません。
私が写真に撮ってあった中で、興味深いシュヴァルの文章を2個紹介します。
私はフランス語はわからないので、自動翻訳をかけました。見学していたその場で文章を読んだのでなく、本記事を書いている今、はじめて文章の意味を理解しようとしています。(翻訳がおかしい場合は、お教えいただくと嬉しいです!)
鹿のレリーフとともに書かれた文章
Amis de la nature, mais de naissance obscure, ce qui rend souvent la vie dure, je l’ai subi sans murmure.
自然の友人だが、無名の生まれであり、それがしばしば人生を困難にさせるが、私は文句を言わずに耐えた。
Palais idéal du facteur Cheval シュヴァルの理想宮
理想宮の正面の大きなパネルに書かれている箇条書きみたいな文章
Un génie bienfaisant m’a tiré du néant
慈悲深い天才が私を無から引きずり出したTravail de géant.
巨人の仕事il m’a place dans oh palais charmants
彼は私を魅力的な宮殿に住まわせたou l’hirondelle reviendra chaque printemp
毎年春になるとツバメが帰ってくる場所creature vient admierer ici la nature
生き物はここで自然を愛でるTout ce que tu vois, passant, Est l’oeuvre d’un paysan
Palais idéal du facteur Cheval シュヴァルの理想宮
通りすがりの人、あなたが目にするものはすべて農夫の仕事だ。
2つの文章を合わせると、生まれが恵まれなかったことで苦労が多かったが、理想宮を完成させたことにとても満足して誇りに思っているように聞こえます。
理想宮の内部
シュバルの理想宮は、階段があり、テラスに上がれるようになっています。
このとき2歳だった我が家の子供は、秘密基地みたいでとても楽しそうでした。
1階部分も内部を歩けるようになっており、この神殿みたいなところも入り口になっていました。
大きな部屋はとくになかったように記憶しています。天井には、次の右の写真のような石造りのシャンデリアも吊ってあります。
異国への憧憬―各国の寺院や建造物のレリーフ
次の写真の中ほどにはいくつか人の背丈ほどの柱が立っています。
柱と柱の間は、祠のようになっていて、そこに世界中の地方の寺院や建物のレリーフが配置されていました。
ヒンズー寺院
スイスのシャレー
La Maison Blanche
意味的には「ホワイトハウス」かなと思ったけど、姿が違いますね。
Maison Carree D Alcer
Maison Carreeは、南仏にあるローマ時代の神殿だそうですが、レリーフはもっと別の文化の建物に見えます。ヤシの木も生えているようです。”Alcer”または”Dalcer”は検索しても見つからず、意味が分かりませんでした。
中世のお城
“VIII SIECLE IX”とあるのは、8~9世紀という意味かと思います。
これら祠の隣の入り口にも、「モスク」(MOSQUEE)と書かれてありました。
フランスの田舎で一生を過ごしたシュバルにとって、異国の文化は好奇心をそそるものだったのでしょう。きっと世界を旅行していろいろな文化を見て回りたかったのだろうなと、理想宮を見学した私たちは思いました。西暦1900年前後に郵便配達員だったシュバルは、絵葉書になっていた外国の風景を見て、想像を逞しくしていたのでないでしょうか。
夫婦でそのような会話をしたのを覚えています。
展望台
3人の巨人が立っている正面には、理想宮を眺めるための展望台があります。
展望台からは次の景色が展望できます。
シュバルの墓
シュバルはもともとは、理想宮の中に埋葬されることを望んでいました。けれども、村人たちの反対があり、かないませんでした。
そこで、村の墓地に自分で墓を作りました。
シュバルの墓もてっぺんには、(ブーメラン?を持った)小人が装飾されていました。
映画になったシュヴァルの理想宮
シュヴァルの人生の物語は、2018年に「シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢」として映画化されました。映画を監督したニルス・タヴェルニエは、「田舎の日曜日」などを撮った名匠ヴェルトラン・タヴェルニエの息子さんだそうです。
いまなら、アマゾンプライムで100円でレンタルできるのだとか。
とても興味があり見たい一方で、万が一、見た後でシュヴァルのイメージが壊れてしまったらいやだなとか思ってます。
オートリ―ヴの理想宮の中を歩きながら、勝手に想像して築き上げただけのものなのだけど、とても強烈なイメージでずいぶん感動してしまったのだから。
まとめ
フランスはリヨンの近郊にあるシュヴァルの理想宮を紹介しました。
- 建築も芸術も素人のシュヴァルが、たった一人で33年間もかけて造り上げた建造物
- ピカソが絶賛するなどフランスでは高く評価されている
- 文化相だったアンドレ・マルローの尽力で国の重要建造物に登録されている
実際に見学すると
- 素人が造り上げたにしては規模が大きく装飾細工も細かい
- ものすごい情熱を持って長い年月をかけて製作したことは明らか
- いったいなにに突き動かされてシュバルが理想宮を製作したのか、シュヴァルは人生をどのように考えていたのかを思うと、心が揺さぶられます
観光地としてあまり有名でないかもしれないけれど、深い感銘を受ける建造物です。
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